「やりたいことを通すための処世術②」小さな信頼から大きな実践へ
もうすぐ四月!希望に満ちた新卒の先生方が「あんなことしてみたい」「こんなことしてみたい」とワクワクしている頃だと思います。
でも、職員室も一つの組織です。組織への貢献度が低かったり人間関係ができてなければ、新卒かどうかに限らず、新しく来た先生の意見をすんなりと受け入れてくれるところは少ないのではないでしょうか。
ということを前回記事にしてみました。
でも、ネットや書籍で優れた実践を見ると、やはり「自分もやってみたい!」と思いますよね。子供のこんな力を伸ばしたい!そのためにこんな実践をしたい!!という思いを形にするために、私が意識している「人間関係を良好にするための小さな心がけ」を3つ挙げたいと思います。
①クラスや学年のすごい!と思ったことを伝える
「○○先生のクラスってすごく一生懸命ですよね」「○○先生のクラスの子がこんなことをしてくれました」「〇年生の発表感動しました!」
先生って、自分のことを褒められるより、自分のクラスを褒められる方が嬉しかったりします。でも、他のクラスや学年の良いところって意識しないと見つけられなかったり伝えそびれたりするので、何か見つけたらすぐ付箋に書き留めるようにしています。先生が見当たらなかったらそのまま机に貼っちゃえばOK!
②感謝を伝える
これは社会人として当然のことなのですが笑
私が特に心がけているのは、何かのついでに伝えるのではなく、「感謝を伝えるためにその先生のところまで行く」ことです。研究授業一つとっても
・研究授業者
・研究授業学年
・研修主任
には伝えに行くようにしています。全て「当たり前」ではなく「有難い」ことなんですよね。気を抜くとおろそかになりがちなので、心がけています。
③見えないところで動く
・ごみ袋がいっぱいになっている
・コピー機の紙が切れる
・紙棚のコピー用紙がなくなりかけている
・デジカメの充電が切れている
・シュレッダーのごみがいっぱいになっている
などなど…ちょっと忙しいと後回しにしたり見過ごしたりしたくなる雑務?があります。でも、これって職員室のみんなが使うものだし、必ず誰かがやらなきゃいけないこと。誰も見ていないところで「後回しにする」か、「やる習慣をつける」かは大きな違いを生みます。
ということであらためて書いたものを読んでみると、処世術と言うまでもない、単なる小さな心がけになってしまいました…笑。でも小さな信頼が大きな実践に繋がっていくはずです。
私は、カリスマパワーで引っ張るタイプではなく、根回しを大切にして周りに助けてもらうタイプなので、余計こういうことを大事にしたいのかもしれません。読んでいただきありがとうございました。
「やりたいことを通すための処世術①」人間は本音や情熱だけでは動かせない
前回は
・足並みを揃えるのも揃えないのもメリットデメリットがある
・目的を共有することが大切
・発達段階に応じて「教員主導」から「子供主体」に移行していくべき
ということを書きました。
しかし、結局のところ「自分のやりたいことするにはどうしたら良いの?」という解決にはなっていません。今回は「処世術」として自分が心がけていることを書こうと思います。
自分のやりたいことは組織との折り合いが大前提
まず前提として、学校は組織です。好き勝手なことはできません。組織に所属するということは、組織の目的と自分のやりたいことの折り合いをつけることが求められます。
でも、できるだけ折れたくないですよね。そこで最重要視するべきは、ずば抜けた仕事のスキルでもプレゼンテーション能力でもなく、職場の人間関係です。
人間は本音や情熱だけでは動かせない
部活に置き換えて考えてみます。自分が部長だとして、4月に入ってきた新入部員に「私はこの練習メニューはやりたくありません。それよりもインターネットで見たこんな素晴らしい練習法があります。私はこの練習メニューでやらせてください。」と言われたら、どう対応するでしょうか。
どれだけ熱意があってその練習方法を調べ上げていても、伝え方が悪かったり、お互いのことをまだよくわからなかったりすると、素直にYesとは言えないと思います。
逆に全く同じ提案を信頼できる副部長に言われたら
性格は苦手だけど技術が高い部員に言われたら
性格は好きだけど技術が低い部員に言われたら
客観的に情報を受け取りたくても、人間関係や組織への貢献度がその時の判断に少なからず影響しますよね。
逆に言えば、人間は本音や情熱だけでは動かせないということです。※情熱だけで人を突き動かす人もまれにいます。
カギは良好な人間関係と組織への貢献度
異動して1年目で「この学校はなんでこうなの?」「前の学校はこうだった」っていう方、たまにいませんか?(私も言ってました…)言っていることはド正論なんだけど、何度も言われるとあまりいい気分はしませんよね。
そもそも、意見を言うのはより良くしたいという善意からだし、きっと前任校が好きで、前任校で認められてきた方はそこにプライドをもっているでしょうから、その気持ちはわかります。
でも、今勤めている方も長い間勤めてるわけだから入ったばっかりの方にアレコレ言われるのはちょっと…
この先生の本音と情熱は伝わります。でも、良好な人間関係もまだ築けていなければ、その赴任したばかりの学校にまだ貢献もしていません。この状態では、自分のやりたいことを通すのはどれだけ力があっても難しいと思います。
前置きが長くなってしまいました。全然書きたいところまでたどり着かない…。文章書くって難しい~!次の記事で私が具体的に心がけていることを書きたいと思います。
「足並みを揃える」メリットとデメリット。どこが分かれ目?
「足並みを揃える文化で、自分の学級でやりたいことがやれない」
という悩みを聞きます。
でもやりたいことばっかやれる仕事なんてそんな無いよ。
社会に出たならある程度の枠にハマらないと生きていけません。
「1つやりたい事を通すなら、10組織に貢献する」
実績を積んで信頼を得ましょう。
「足並みを揃える」という言葉が学校現場ではよく聞かれます。ニュアンスとしては「一人で突っ走らずに、みんな同じように進めて(指導して)いこうな」的な感じです(たぶん)。
でも…足並みを揃えるって具体的にどんなこと?そもそもなんのために揃えるの?揃えなかったらどうなるの?
現場にいる人たちは「〇組だけやっててずるい」とか「なぜ〇組はやらないの?」といったクレームに対応するために揃えるようにしていて、その本質を捉えられていないように思えます。
今回は学校の「揃える文化」について考えていきたいと思います。
揃えたがり主任
冒頭のツイートで考えれば足並みを揃えることがやっかいなことのようにも感じられますが、一概にそういうわけではありません。やっかいなのは、なんでもかんでも揃えようとする主任(私もそうでした…)です。以前の私は
学年みんなが同じように指導している=学年がまとまっている
という勘違いから、足並みを揃えることが目的となってしまい、「何のために揃えるのか」という本来の目的を見失っていました。
足並みを揃える事は、あくまでも「手段」であり、それ自体が「目的」ではありません。本当にまとまっている学年というのは、指導方法(手段)だけが揃っているのではなく、目指す児童の姿(目的)が揃っているものです。※例外もあると思います。この辺はまた近いうちに書こうと思います。
揃える事のメリットとデメリット
では、足並みを揃えることのメリットとデメリットを整理してみます。
こんな感じでカテゴライズしてみました。
私が個人的に考えるメリットとデメリットなので、色々な考え方があると思います。
実際の例で考えてみます。
給食指導の例
何年か前、年度初めに給食準備の仕方を揃えました。
・給食準備は無言
・配膳準備ができるまで、当番以外は待つ
・配膳準備ができたら日直が「〇班さんどうぞ」と静かに待っている班を呼ぶ
コレ、6年生です。「目指す児童の姿(目的)」の共有はナシ。「配膳方法(手段)」だけ共有。
ある先生が5月くらいに「何のために無言なんでしたっけ?」と聞いてきました。私は「昨年度からの引継ぎだし、切り替えとか規律面じゃない…?」という中身のないなんとも曖昧な感じで答えました。
その先生は「うちのクラスの子供たちが最近早く準備するために声かけあって自分たちで考えて動いてるんですよね。みんなが給食に意識を切り替えて動けたら別に無言じゃなくても良いんじゃ…。あと、中学校って別に無言で配膳しないですよね。来年に引き継ぐ必要もないんじゃ…。」的なスーパーまっとうな意見を伝えてくれました。
分かれ目は「目的の共有」と「児童の発達段階」のバランス
この例から何を伝えたいかというと、足並みを揃えるも揃えないも大切なのは「目指す児童の姿(目的)」の共有だということです。「規律を守る力」を身につけさせたいのか「自分たちで考えて動く力」身につけさせたいのかを、配膳の方法よりも優先して話し合い、共有するべきでした。
また、「児童の発達段階」も考慮したいところです。低学年ならまだ規律面を優先して良いかもしれません。が、高学年ならば、自分たちで考えて動けるようになってほしいものです。そう考えると、さっきのマトリクスも、学年が上がるにつれ
A領域が広がって、教員主導で「足並みを揃える」から、子供主体で「各クラスの色を出す」実践になっていければ良いのかな。と最近は考えています。
と、書いてみましたが、なかなかまとまりませんね~。思考をまとめるのも、文章書くのも難しいです。
「4月を乗り切れ」新卒教員の教え方、教わり方
4月から教員になる方は
— DIY先生 (@sensei_tubuyaki) 2019年2月11日
「わかんないことあったらなんでも聞いて」
ってめっちゃ言われると思うんだけど、裏返すとそれは
「何教えたら良いかわかんない」
ってことです。教員はみんなそうです。大学出たばかりの先生と組んで仕事をイチから教える確率ってめっちゃ低いんだもん。
次そんな記事書く
前回の記事では
・「わかんないことなんでも聞いて」は、「なにを教えたら良いかわからない」
・そもそも新卒の教員に教える経験がみんな無い
ということを書きました。
今回は、教える側と教わる側のポイントについて考えていきたいと思います。
※あくまでも4月年度初めの話です。
4月は1番情報量が多い時期
まず、4月は1番情報量が多い時期です。
年度初めの職員会議では
・学校経営目標
・校務分掌
・年間行事予定
・時間割
・各部から共通理解事項
生徒指導部、体育部、特活部、安全部、各教科部etc
・準備登校
・始業式、入学式
などなど
正直、その学校に前年度勤めていても、私の頭には全部入り切りません。
そんな莫大な情報を、子供の動きもイメージできない、組織のイメージも無い新任の先生が処理できるわけがありません。
「分掌っていうのはね…」「児童会の組織はね…」「生徒指導委員会ってこんな話をするよ…」「学級経営案ってね…」
なんて全部説明してたら日が暮れます。学年主任だって教科主任だって忙しいんです。組織についての提案は正直新任の先生にはどうでも良いので後回しでOKです。
教える側は「子供と直接関わること」についてだけ教える
じゃあ一番教えるべきことは何か。それはシンプルに「子供と直接関わること」です。
入学式の動き
学級開き
係当番の決め方
授業の流し方etc...
それも口頭ではなく、実際に動いて見せて、動いてもらうことが大切です。
例えば始業式や入学式は、新卒の先生も直接子供と対面して子供を動かします。
職員室で資料を見ながら「○○先生は子供を△△に連れてって」「〇時〇分までに教科書配って~に移動して」という打ち合わせは、1度経験した先生はイメージができますが、0スタートの先生にはわかっているようでさっぱりイメージができていないことが多いです。
実際に会場を確認しながら歩き、実際に教室の掃除をし、学級開きや授業のリハーサルをすることがめちゃくちゃ大切です。
私が学年主任として新任の先生と組んだ時は、学年スタッフで分担して最初の1週間は全部リハーサルをしました。
私は4クラスの学年が多いので、学年の打ち合わせや作業(教材選定、学年だより、集金袋、時間割作成、掲示物作成)を二人で回して、空いた一人が新任の先生を見る。
という形でフォローしあいました。
【経験談】初任時代の地獄の4月
なぜ私がここまで、4月のフォローを徹底しようと思ったかというと、それは自分自身がしんどい思いをしたからです。「なんでも聞いて」と言われるものの、周りの先生方が常に忙しそうなので、聞くことに遠慮してしまい、まぁ良いかと思って自分の判断で行動。学年の歩調を乱す。「え?なんで聞いてくれないの?」パターンや
口頭で確認して「良いと思うよ~」やってみる。「え?そういうこと?聞いてたのと違うんだけど。」というパターンが何度もありました。
大変なのは、ミスを犯すこと自体よりも、どこまでが自分の判断で良いの?どこから聞けばいいの??と悩んだり、相手が忙しそうにしている中、聞くことや見てもらうことに罪悪感を覚え、メンタル面で負荷がどんどんかかっていったことです。
学年の先生方との関係づくりもうまくいかず、結果学級崩壊。地獄の1年でした。
教わる側は「時間の確保」「見てもらっていいですか?」
教わる側は、聞くことに遠慮をしては絶対にいけません。前回書いたように、「教える側も何を教えたら良いかわからない」状態では、「聞かれたほうが教える側は楽」だからです。また、たいていの先生は教えたがりです。
ただし、おさえておくべきポイントが2つあります。
①大事なことは時間を確保してもらう
どの先生も、自分の仕事を抱えています。時間がかかりそうなことは、〇時から時間をとってもらえますか?と時間を確保できるとお互い気持ちよく仕事ができます。書類の書き方などはサクッと聞いて良いと思いますが、学級開きや授業の流し方などは、時間をしっかり確保して教えてもらうのが良いと思います。
②口頭ではなく実際に見てもらう
先述しましたが、子供が直接関わる場合、口頭ではイメージがつきにくかったり伝わったようで違っていたりします。「こんな感じでやりたいのですが見てもらえませんか?」と実際に見てもらえると、自信をもって子供の前に立つことができます。
終わりに
色々書きましたが、正直、教える側として新任の先生と関わったときは、最初の1週間は毎日7時とか8時まで残ってました。本来であれば、仕事は定時で終えるべきです。終わらずとも終えられるように尽力するべきです。
でも、新任の先生は仕事量と同じくらい、不安などのメンタルのケアもしてあげたいと思っています。授業どうしよう、明日の準備終わってない…という状況を作らないためには、放課後一緒に残って授業の面倒を見るのも大切かなぁ。何事もバランスだとは思いますが、何か良いアイディアをお持ちの方は教えてください。
※あくまでも私自身の経験に基づく個人の見解で、新卒の先生にも色々な環境があると思います。あしからず。
「わかんないことなんでも聞いて」は正しいフォローか?
4月から教員になる方は
— DIY先生 (@sensei_tubuyaki) 2019年2月11日
「わかんないことあったらなんでも聞いて」
ってめっちゃ言われると思うんだけど、裏返すとそれは
「何教えたら良いかわかんない」
ってことです。教員はみんなそうです。大学出たばかりの先生と組んで仕事をイチから教える確率ってめっちゃ低いんだもん。
次そんな記事書く
WATCHA CAMPで学生の方々に「四月までにどんなことを準備したらいいですか?」
と聞かれて考えた。
そもそも準備することも大切だけど、新卒の先生の教育システムが整ってないことが問題なのでは?
今回の記事では数回に分けて、自分の経験を踏まえて新卒の先生を教える側と教わる側に必要な視点を書こうと思います。
※特に4月に限定したお話です。私は、流れに乗っちゃえば「なんでも聞いてね」で大丈夫だと思っています。むしろ「なんでも聞いてね」で聞ける環境は超大切。
「わかんないことなんでも聞いて」は正しいフォローか?
4月に新卒で学校に配属されると、色々な先輩方が「わかんないことなんでも聞いてね」と優しく声をかけてくれるでしょう。
でも、それは「わからないことが明確になっている」状態の人間に対して有効な声かけであって
「何がわからないかわからない」「なにもかもがわからない」状態の人間には有効とは言えません。
ちょっと極端ですが、授業を急に全部英語で進めて、「わかんないことあったら何でも聞いてね」って言われても「いや全部わからんわ」ってなりますよね。
全部わからん状態の人間に「なんでも聞いて」と言ってしまうのは
結局のところ「何を教えたら良いかわからない」ということだと考えています。
・教えるべきことが整理されていない
・教えるべきことの優先順位がわからない
この2点が、新卒の先生の教育システムの大きな課題点だと思います。
だから中堅とかベテランの先輩はもっと整理して優先順位考えて新任にちゃんと教えろよ!という事が言いたいわけではありません。
そもそも新卒の教員に教える経験がほとんどない
私の勤務校では2年に1人ほど新卒の先生が配属されます。
そもそも新卒の先生と学年を組むこと自体がレアです。
私自身10年教員をやっていますが、新卒の先生と学年を組んだことは2回
学年主任として関わったことは1回
次はいつになるのだろうか…
加えて4月は会議や新年度の準備でものすごくバタバタします。
こんな環境で
教えるべきことを整理して、優先順位を理解して
学級開きだとか授業の流れだとか教材研究の仕方だとか丁寧に見てる時間ほとんど無いです。
というのが現状ではないでしょうか。
今回の記事では、私が考える課題点と現状を述べました。
次回は教える側と教わる側のポイントを書きたいと思います。
※あくまでも私自身の経験に基づく個人の見解で、新卒の先生にも色々な環境があると思います。大したフォローがなくてもそつなくやれちゃう方もいます。